Do not kill anywhere anytime 市民の意見30の会 東京

映画紹介⑨ 「シリアの花嫁」

2020

02/16


監督:エラン・リクリス
2004年モントリオール映画祭グランプリ
イスラエル・フランス・ドイツ合作

「シリアの花嫁」

◆ゴラン高原は、1967年の第3次中東戦争以来イスラエルに占領され、その後の和平交渉でシリアが返還を要求している地域。シリアとの間に軍事境界線が設定され、UNDOF(国連停戦監視軍)が駐留している。約4万人の住民はイスラム教ドゥルーズ派とイスラエル入植者が半々だが、イスラム教徒の多くは無国籍の状態にある。

◆停戦ラインによってシリアから隔てられたマジュダルシャムス村の住民は、谷向こうの丘に立つ肉親や友人と、拡声器を使って会話をかわす。実在する「叫びの丘」は、作品の中で効果的に使われている。

◆花嫁モナが、写真によるお見合いでシリアに住む従兄弟のもとに嫁ぐ日。国交のないシリアに嫁ぐ女性は、生家に戻ることができなくなる。姉のアマルは不安を訴える妹を励まし、まめまめしく準備を手伝う。2人の兄も外国から帰り、シリアの大学にいる末弟を除いて、一家は久しぶりに顔を合わせる。だが父親は、村の長老の反対を押し切ってロシア人女医と結婚した長男を許さず、口をきこうとしない。

◆家族が抱えるさまざまな問題が表出する中、前祝の食事会も終わり、一同は車を連ねて停戦ラインに向かう。シリア側は、花婿たちがバスで乗りつけて待っている。特別に派遣されたイスラエルの係官が、花嫁の通行証に出国印を押す。規定に従い、国際赤十字の職員がシリア側に行き、入国印をもらおうとするが、拒否される。「ゴラン高原はシリア領だ。シリア内を移動するのに出国とは何だ」。職員は戻り、イスラエル側に善処を求めるが、「これが規則だ」とにべもない。何時間も待たされた挙句、ようやく修正液で出国印を消させることに成功した。今度こそうまく行くと一同躍り上がって喜ぶ。だが、シリア側の係官が交代していた。新しい担当者は、消された出国印を怪しみ、入国を拒否する。その時、モナはたった一人で、シリア側に向かって歩き出す。

◆監督のエラン・リクリスはユダヤ系、脚本のスハ・アラフは(主演のフーリヒ父娘も)パレスチナ系のイスラエル人だという。芸術の世界では両民族の共同作業が実現しているようだ。政治的に微妙な主題を扱っているにもかかわらず、作者の目はあくまでも冷静で、均衡を保っている。政治の境界線を越えて国際的に生きざるを得ないことが、ごく自然に理解できる。登場人物は、イスラエルの警察官や役人、シリアの入国管理官に至るまでていねいに描かれ、問題がこじれるのは彼らのせいではなく、彼ら自身現在の不合理で不自然な状況にうんざりしていることが示される。この作品は、イスラエルという人工的軍事国家の脆弱さを感じさせると共に、私たちに、理不尽な暴力による占領がいつまでも続いてよい筈がないという気持ちを抱かせる。(2009年2月)

 

本野義雄