Do not kill anywhere anytime 市民の意見30の会 東京

映画紹介 ⑦ 状況を直視する勇気ー「この自由な世界で」

2019

10/18


監督 ケン・ローチ
英・伊・独・スペイン合作


「この自由な世界で」


◆華やかな観光名所とは対照的に、荒涼たる風景のロンドン東地区。外国人移民労働者を扱う派遣仲介会社で面接担当として働くシングルマザーのアンジーは、ある日突然解雇を言い渡される。思い悩んだ末彼女は、親友の女性とふたりでそれまでのノウハウを生かし、モグリの派遣仲介業を立ち上げる。最低賃金にも満たない時給仕事を求めて殺到するポーランド人やウクライナ人の群れ。商売が軌道に乗るにつれ、彼女の野心はふくらみ、偽造パスポートを使う危うい取引にも手を出す。一方、彼女の両親に預けられた11歳の息子は、学校でたえず問題をおこす。両親との間もうまく行かない。そんなところへ、取引先の雇い主が賃金を払わずに姿をくらまし、彼女は矢面に立たされる。食いつめた移民たちは、未払い賃金を要求して次第に暴力的に・・・。

◆この作品の背景には、サッチャー、ブレア以来の新自由主義(という名の弱肉強食)政策、とりわけ最近のEU拡大の結果としての東欧労働者への市場開放があるようだ。アンジーは移民労働者を搾取しながらも、一方で人間的な感情に駆られて無権利状態のイラン人一家を助けたりもする。だが、激しい競争の中で彼女自身も事業を拡大して生き延びるために、結局は冷酷な行為に手をそめるに至る。

◆外国出身者が人口の1割に達するEU主要国と比べれば、外国人比が100人あたり1.7人(法務省調査、実際はもっと多い)という日本では、移民労働者の問題はまだやっと見え始めたばかり。とはいえ、すでに彼らの雇用の不安定、劣悪な労働条件、子どもの教育・住居・在留資格等の諸問題が山積している。しかも生産年齢人口は年々減少し、様々な分野で労働力輸入が増加するのは明らかだ。この映画と似た状況、つまりグローバリゼーションの波が、私たちの周辺にも押し寄せている。

◆監督のケン・ローチは、映画ジャーナリストのグレアム・フラーの表現を借りれば、「支配者たちがそうでない人びとを搾取し騙すことが自明である世界において、異議申し立てをする手段として映画の仕事にほぼ一貫して固執」してきた稀有な存在だ。その作品の主人公は、孤独な落ちこぼれ少年、過酷な現場で働く建設労働者、アル中の失業者、父親の違う4人の子どもを抱えるウェイトレスなど、つねに厳しい現実と苦闘する人びとだ。彼らの怒りや悲しみだけでなく、その弱点も含めて、鋭く、時にはユーモアを交えて描く。最近ではとくに、スペイン市民戦争を描いた95年の「大地と自由」、アイルランド独立闘争を取りあげた06年の「麦の穂を揺らす風」(カンヌ映画祭パルムドール賞)の2作が、第2次大戦直後のイタリアン・リアリズム映画を思いおこさせる力強さによって、忘れ難い印象を残した。

◆映画にもっぱら娯楽の機能を求める人がケン・ローチの作品を避けるとしたら、残念なことだ。彼の作品は、どんなに暗い現実を扱っていても、私たちの心を暗くするものではない。それどころか、多くの優れた芸術作品がそうであるように、私たちに身のまわりの状況を直視する勇気を与えてくれる。彼の主要作品はDVDでも見ることができるので、この機会にとくに若い世代の人びとに勧めたい。これまでほとんどのケン・ローチ作品を輸入・配給してきたシネカノンに敬意。(2008年8月)

本野義雄