(ニュース50号 98/10/01)


「意見30」の見直しということ

福 富 節 男

 「市民の意見30の会・東京」と鮮やかに書かれた幟旗がデモの先頭を行く。先日の九月二○日の新ガイドライン反対デモには「殺すな」のバッジの図柄を拡大して画かれた旗が加わった。東京近辺の人でないと、この旗を見る機会にめぐまれないのは残念だ。しかしこの「意見30の会」の〈30〉とは何かということが、人びとの脳裡から去りつつあるのは、この旗を目にするか否かに関わらない。まして「意見30」の個々の項目について知る人びとは少なくなっただろうと思う。しかし「意見30の会」は、れっきとした位置をもっている。ここいらで「意見30」とは何か、個々の項目が現状にも適合できるものかどうかを皆で、考え、論議すべきだろう。

 略史に記されている発想そのものに反対の意見もあった。一つは市民運動は個別のテーマを掲げて行うべきだ、あらゆる(あるいはそれに近い)問題に関わるのは政党のすることではないかというのである。私たちは綱領といった組織原理として、意見を網羅しようというのではない。個別の運動であっても、そのテーマに否応なしに関係してくる諸問題を視野に入れたいのである。もう一つの反対は良くあるもので、広告料は新聞社を儲けさせるにすぎないというのである。始めから数千万円を手にして、それを何に使うかというのではない。募金活動の宣伝の中で、人びととのコミュニケーションを生み、内容を話題にして行くことが重要なのだ。意見広告は日頃こうした運動を目のあたりにできない地に住む人びとにも届いて行き、確かな手ごたえとして反応が返って来た。

 略史にも書かれているように、全国から出された意見は七○項目にもなった。それを削って行き、33項目という案がしばらく続いた。そうして30に落ち着いた。各地で議論が起こり、会合が行われ、そのたびに地域相互で往き来があり、交流があった。いま考えると、こうした熱意はとても貴重だと思う。政治の中の変化が、議論する刺激を与えた。意見広告を中山千夏さんは「言葉のデモ行進」と言った。「男はいばるな」(第十五項)を入れたのは千夏さんで、こういう口調の言葉があるのも一つの特徴である。

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 十年後の今になってみると、個々の項目の中には、現状では改めねばならないものもある。「意見30」の全体の構造というか、構図というか、そこを改めることも必要になろう。つまり環境、産業と労働、教育、自治体、司法、天皇制、外交・反戦の問題…そういうものの羅列気味も気になるところである。しかし先にも言ったように綱領ではないのだから羅列気味もいいのかも知れない。

 とりあえず、一、二の項目について私の考えを記したい。たとえば、第五項目の大部分は現在では何も言っていないに等しい。遺伝子操作による薬品を、医療の中で拒否することはもはや現実的ではない。歯止めについては、どこでも考えられていることで、何が「歯止め」になり得るかが、当事者の頭を悩ませているのである。脳死、臓器移植については、数言で断言することは不可能である。第十三項目は教育に関することになっている。いまは、もっと根本的なことを言明しなければならない。授業時間数、課目数や内容を検討し、激減させ、多様な価値がよみがえり、尊ばれねばならないし、それだけ教室から疎外される子どもが大いに減るような、発想に基づくものでないと新しい意見とは言えないだろう。

 これは一、二の私見を挙げたに過ぎない。また項目の個々を問題とするのも必要だろうが、いまの社会状況、政治の諸問題を見るにつけ、市民が政治の中心として位置するために、もっと全体的に、「意見30」を検討することが必要だろう。皆さんの意見を待っています。そのために、各地で寄り合ったり、全国の交流会をしようなどと考えて下さいませんか。

 新ガイドラインといわゆる周辺事態法が、日本という国を根もとから変えようとしています。それを思うと、ただならない状況です。「意見30」の見直しを切に望むのは、そういう社会状況、政治状況からなのです。

(ふくとみ せつお・市民の意見30の会・東京)